そう。
あのカフェテラスのあの席。
あそこの前を通るといつも思い出す。
うららかな午後の光と、貴方の笑顔。
貴方と会ったのは、
桜の薫りが鼻を掠める
春先の午後でした。
Mellow beauty
外回りの仕事が早く片付いたので、
前々から気になっていた、カフェテラスに足を運んで、紅茶とケーキを嗜んでいた時のこと。
鞄に入れっぱなしだった小説を開いて、やっぱり内容が分からなくて、最初から読み直してみたりして。
次の休日に思いを馳せて見たりして。
フォークに手を伸ばして、ケーキを突く。
タルトの生地と苺を上手く絡ませて、口に運ぶ
「水木さん、ご一緒させてもらって良いですか?」
ふと、声がした。
「五十嵐課長・・・・・・、良いですよ、どうぞ」
この人は、優しい笑顔で、長い足を窮屈そうにテーブルの下に入れて、
また笑う。
思わず、釣られて笑ってしまって、小説を読む手が止まる。
小説に栞を挟んで、私は顔を上げ、課長の方を見る。
「僕も同じのを」
彼は店員さんを呼び止めて、そう告げた。
「課長も好きなんですか?」
「何がだい?」
「ストロベリータルト」
これ、と私は皿の上を指す。
彼はまた笑う、陽だまりの余韻。
「あまりにも、水木さんが美味しそうに食べるものだから」
これが、貴方との出会いだった。
そして、私たちは恋に落ちた。
私たちはここで会うのが、日課のようになった。
目の前で銀色が揺れる、そう、この人は結婚してる。
ただ、それだけ。
いいじゃない、でも諦められるのならば、今すぐにでも。
どんどん、深みに嵌っていく前に。
理性が、常識であるうちに。
そう思うのに、歯止めが利かない。
貴方とこんな関係になったのは、何時からだったかしら。
ブレーキが壊れてしまったのは、何時だったかしら。
もう覚えていない、毎日が幸せすぎて、狂おしくて
でも貴方と初めて会った時のことは、覚えてる。
「どうしたんだい? なんだかとっても楽しそうな顔をしているね?」
いつでも穏やかな顔で、貴方は凛としている。
「ううん、なんでもないわ。 あ、ほらケーキが来たわ」
「お、すごい甘そうだなぁ・・・・・」
不覚にも笑ってしまう。 ケーキを目の前にして「甘そう」だなんて。
「やっぱり、君は笑った顔が一番素敵だよ」
そう、一番最初もそうだった。
前振りも無くすらりと言って、私の心を攫っていった。
いつも貴方は優しい。
歩いてる時でも、ベットの上だって。
優しい言葉と、優しい仕草。
あなたは、春のよう。
春の日差しのよう。
春のそよ風のよう。
春に咲く花のよう。
でも、貴方は煙草の香りをいつもさせていた。
体を重ねたときに香る、その香りは扇情的で、それでもって淋しげだった。
そう感じたのは、彼の所為だったのか。
私の所為だったのか、今ではもう、分からない。
「ねぇ、貴方は今日時間ある?」
分かっているけど、聞きたくなるの。
遠まわしでも、家族より、私のほうが大事? 愛してる?
「今日は・・・・・・」
そんな申し訳無さそうな顔をする位なら、不倫なんてしなければいいのに
「あ、娘さんの誕生日だったわね」
「ごめん」
「いいわ、じゃあまた今度ね。 私、そろそろ戻るわ、仕事が残ってるし」
席を立ち、財布から小銭を引っ張り出した
テーブルの上に置いて、指先ですこし触れる。
「これ、私の分だから」
「いいよ、払っておく」
「いいえ、それぐらいは払わせて」
そう言って、そのまま席から離れる。
せめてもの償い? 笑わせないで。
君のため? じゃあ、悲しませないで。
私は、そこまで安くない。
パンプスが、コンクリートを引っ掻く。
ハイヒールを履かないのは、彼の奥さんが好んでハイヒールを履いているから。
ただ、それだけ、でも気付いてほしい。
あの人と違う、ってこと。
会社に戻ると、ひそひそと話し声が聞こえる
私が働く広報部にはいると、さらにその声が大きくなった
そして、さらに截が広報部に入ると声が波紋の様に大きくなる
「五十嵐君、水木くんと喫茶店でお茶を飲んでいたというのは本当かね?」
心臓が跳ね上がる、早鐘を打つ、いまにも爆発しそうなぐらい。
部長の声がすぐ後ろに聞こえる気がする、貴方と私の席はこんなに離れているのに。
「はい、次のカタログの話を、水木さんとはさせて頂きました」
心の準備を整える、バックに入っていたミネラルウォーターで唇と、喉を濡らし、
少し、溜息。 一瞬の後悔と、目の後ろに湧き上がるものを抑えて。
デスクの二番目の引き出しを開ける。
いつも入っていたの、貴方の為に。
それを持ち、パンプスの踵を整え、身だしなみを少し整える。
「部長、心配なさらずとも平気です。 課長と私はそんな関係じゃありませんから」
微笑んでみせる、これも練習した。
貴方とさっぱり別れるため? いいえ、貴方が好きだから、貴方の名誉に傷がつかないように。
手を差し伸べる、その手には「退職願」の三文字。
「これは・・・・・・」
「水木くんが居なくなると困る、それにやましい事なんてないんだろう? じゃあ止める必要なんて・・・・」
「ええ、ありません。 ですが此処より良いところに、来ないか、って言われてるんです」
淡々と言って述べる、部長なんて怖くない。
でもさっきからずっと黙っている貴方が、怖い。
「それは、引き抜きと言うことかね?」
「はい、前々から。 愛着があったので離れられなかったのですが・・・・・」
いい機会ですから、辞めようと思いまして。 そう続ける
部長は目を伏せる、課長は私を真摯な目で見つめている
「部長、課長。 お世話になりました」
そう言って踵を返して、大勢に注目されながら出口に向かって歩き出す。
会社を出て、駅に向かって歩く。
抑えた涙が、今にも溢れ出しそうだった。
信号が赤から青に変わり、歩き出す人々に紛れ。
段々と私は、あの人の特別から、他人になっていってしまう様な気がした
そして、遂にスクランブル交差点の真ん中で泣き出してしまった
あんなに泣いたのは何年ぶりだったかしら、
喪失感と、後悔と悔しさと、愛しさと優しさに、泣いた。
きっと、悲しんでくれるであろう貴方の為に、泣いた。
世界中の恋に破れた人の為に、泣いた。
貴方には知らせていない、私の中の新しい命の為に、泣いた。
「明後日、新幹線で一度実家に戻ることにしました」
貴方が居ないマンションの一室で、貴方に送ったメール。
返事は返って来なかった。
何をしていても、考えてしまう。
今、貴方は何をしているかしら?
私の事なんて、忘れて家族と楽しく過ごしているかしら?
それなら、それでいいわ。
でも、貴方は絶対に私と言う女を忘れないでしょう。
悔やんで、苦しむでしょう。
そういう貴方のことが、好きで放って置けなかった。
その夜、私は一人の人に電話をした。
「今から、会って欲しい」と。
高校時代から、会っていない親友に。
電話ではたまに話して、お互いの近況を話したりしていた。
少し離れたところに住んでいるけれど、頼んで私の行き着けのバーで会うことになった。
*--------------------* * To Be continue * *--------------------*
続くよー・・・・・?
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