Many classic moments






ああ、蜜柑の香りがする。


この香りを出来るなら貴方と一緒に楽しみたかった


この季節は、いつもこの香りが町中を包んでた。


風が、競い合うように蜜柑の木を揺らす。


毎日見てた筈の蜜柑の木、どうしてこんなに切ないの


懐かしいから、それもある。 でも、きっとそれは。


交差点を右に曲がり、直ぐ奥に入った所が私の家だ。


呼び鈴を押す、考えてみたら自分の家のを押すのは、生まれて初めてかもしれない。


「はーい、どちら様ですか・・・・・・」


扉を開き、見上げた母の顔は一気に綻んだ。


「彩・・・・・・・・、どうして」


「お母さん、ただいま・・・・・、ただいま」


ただの四文字、平仮名の組み合わせ。


「ただいま」なんて、暖かい言葉、誰が作ったの。


たったの四文字の平仮名が母との溝を埋めていく。


「お父さん、彩が・・・・・・・・」


ドタドタと走り寄ってきたお父さん、優しい笑顔に泣き出しそうになる


ベルリンの壁は、涙で軟らくなって、笑顔で罅が入って、平仮名で崩れていく。


白髪が、増えたねお父さん


目元の皺が、少し増えたのねお母さん


ごめんね、お母さんお父さん。


親不孝な娘だねぇ、私


さよなら、言いに来たの。


「私、もう行かなきゃ。 さよならを言いに来たんだ」


「帰る場所があるのか」


お父さんが静かに聞く、お母さんはもう知っているのね、静かに微笑んでる


「うん、大事な人が・・・・・・・・・、居る」


摘み取られた蜜柑が、朝露を光らせて笑っている


太陽にキスを受け、月に抱かれ、愛でられ育った蜜柑は、きっと幸せ


「車、持ってくるから」


「うん、ありがとう」


そうだ、私も幸せものだった。


父はキスが、凄く上手かった。 小さな頃、魔法を掛けられている様で、優しい頬へのキスは涙を止めた。


母に抱かれ、絵本を読んでもらった日は、夢が無限へと続いていると、何でも叶うと信じていた。


「大好きよ、彩。 お父さんも、貴女のことが大好き」


母は微笑んで、少しだけ哀色を浮かべて、指をさす


「お父さんが来るわ、さぁ急いで・・・・・・」


「彩、途中でこの車を捨てても構わないから」


「でも・・・・・・」


この車は父と母が大切に使ってきた、車


この車で旅行に行ったり、よくした


「本当はお前をここに引き止めたいよ、でもそいつの事が好きなんだろう?」


「うん、どうしようも無いぐらいに」


「じゃあ、行け! 躊躇ってる暇などもう無いぞ」


「うん、あ、お母さん。 蜜柑少し頂戴?」


「いいわよ、貴女が居なくなった時から、もっとずっと美味しくなったんだから」


「ウチのが一番だって最初から知ってる」


ちゃんと笑えたかな。


笑えてるといいなぁ


思い出す私の顔が、笑顔でありますように


車のアクセルを、踏む。


そろり、と動き出した車、バックミラーに手を振る両親


「お母さん、お父さん、私大好きだったよ」


叫ぶ、精一杯。 人生で一番大きい声かもしれないような、


気が違ってる、と思われても良い


「この町も、蜜柑の香りも、お母さんも、お父さんも! 皆、大好きだったよ」


夢を持ってたの。


田舎の娘で終わりたくなかったの


でもね、好きだったの。 大好きだったの。


でも、ここを出なければあの人と会えなかった。


だから、だから・・・・・・・・・。


「愛してるよ!」


母が顔を手で覆う、父が母を抱きしめる


晴、待っていて下さい。


私、貴方の事を離れてからもっと好きになったよ


話したい事が、沢山増えたよ、晴。






車をしばらく走らせると、路上でライブをしてる人が居た。


最後の最後まで、音を奏でる貴方達


凄いね、静かすぎる世界の終わりに立ち向かう音楽


貴方達は、格好良いよ。


テレビで目立つ人より、CDで儲ける人たちより、政治家より。


貴方達は、偉いよ


貴方達の音を聞いて、愛を思い出す人が、涙を流す人が、沢山居るんだよ


私だって、こんなに音楽が素敵な物だなんて初めて知ったよ。


次の瞬間、車が大きく揺れ動いた。


「あっ、うわっ・・・・・ぁ・・・・・」


体に鈍痛が走る、ああ頭打った・・・・・・・。


どうやら、車がエンストしたらしい。


もうこの後の人生に起こる、嫌なことを今日中に全て体験してるみたい。


車から這い出て、パンプスを履きなおし、空を見上げる。


秋晴れの空、戦ぐ風は心地よく、日光は薄いベールの様に人々を包む。


「地球最後の日」だなんてやっぱり、嘘なんじゃないだろうか? ふと甘い夢に浸る。


私は、鞄から煙草を取り出して、ジッポーで火を灯す。


立ち上る煙が、視界を覆って空を隠してしまう。


爛々と輝く、その炎で思い出すのは誰の笑顔?


木枯しが煙草の灰を攫う、それは北国から運ばれた雪の様でもあった。


薄着の私の体が、ひんやりと凍えていくのが分かる。


冷たい風から守ってくれたのは、楽しむことを教えてくれたのは誰だった?


まだ終われない。


刹那、後ろで大きな音がする、ふわりと舞い降りた紙には見覚えのある字。


「ずっと貴女を待っていた、使ってあげなさい」


母の字だ、走り書きで、知人で無ければ読めないような崩れ方だ。


後ろを振り返ると、自転車が倒れていた。


高校の時、使っていた自転車。


当時のままの姿で、お父さんが整備している姿が目に浮かぶ。


「有難う」


呟いて、荷台から自転車を降ろす。


久しぶりだから、上手く使えるか分からないけれど・・・・・・・・。


ペダルを踏み込む、ああ懐かしい、こっちに来てからは無かった、この感覚


風を切る、止まる車を余所に。


走り書きをする母を思い出す、きっと私を見送るあの笑顔で、ペンを走らせていたのだろう。


木の葉が舞って、道路に敷き詰められて、自転車の行く道を音で彩っていく。


息が切れる、あの頃は体力が有り余っていたのに。


大きく息を吐きながら、また空を見上げる。


まだ終わらない、まだ平気と。 何回も空を見上げ、気にしている。






ああ、貴方が拾われたのは、こんな空が青い日。


眩しい太陽に照らされて、貴方は晴と言う素敵な名前を授けられた






叫びたくなる、貴方の事を好きだって表せる言葉、他に知らないから。


「愛してる」なんて日常で言ったら、とっても価値のないものだけど。


でも・・・・・・・。


言い足りない「愛してる」をこの空に叫ぶよ。






「晴、晴、ただいまっ、帰って来たよ」


空間に声が響く、だが返ってくる声は無い。


何故? 知ってる。


ずっと傍に居るべきだった、帰ってこれる、って分かっていたって。


手から、足から力が抜ける。


床に膝をついて、壁にもたれかかる


ビニール袋から蜜柑が転がり出る、一つだけ手に取って皮を剥くと、オレンジ色が顔を覗かせる


半分に割ると、芳醇な香りが広がって、口に含むと甘味と酸味が程よく広がる。


「本当だね、美味しくなった」


よく考えたら、朝から飴しか口にしてない


甘いものを食べているのに、貴方の甘いキスが欲しいよ


蜜柑の甘味と貴方のキスが、重なって、色んなことを走馬灯のように思い出すよ。


貴方との出会いとか、沢山の懐かしい思い出を。


浮かんでは、消えて。 浮かんでは、又消える。


もう、会うことの出来ない人を思って泣く


沢山の思い出に抱かれて、最後を迎える。


ねぇ、晴、貴方の隣には誰かが居ますか?


ふと、靴音が聞こえた気がした。


耳を澄ますと、確かにする。


廊下のアスファルトを踏む、革靴の音。


おしゃれなスーツに身を固め、やってくる


「どうしたんだ? 彩・・・・・・」


大きなビニール袋を提げて、何時ものように真摯な目で見つめてくる


そして、しゃがんで指で涙を掬ってくれる


「なんでもない、園長さんには会えた?」


「ああ、元気だった。 お前は?」


「うん、会えた。 蜜柑も貰ってきたんだ」


「お前んち、蜜柑農家なの? いいなぁ、蜜柑好きだぜ、俺」


蜜柑を見せると、一つ手にして皮を剥き始める。


「婿に来る?」


おどけて言うと、蜜柑を見つめたまま真面目に答えられた。


「ああ、いい考えだ」


また紅くなって、本当に君は照れ屋さんで。


貴方が、私の隣から居なくならなくて本当に良かった


「こっち向いて?」


「嫌だ」


「いいじゃん、ほらこっち向いて?」


「これから俺は忙しいんだよ」


「何故?」


「料理作る、その為に材料買いに行ってた」


なんだ、そういう事か。


「おー、久しぶりだね。 本職の癖にいつも作ってくれないからさー、本当に料理できるか不安だったよ」


「まぁな、そろそろ俺の腕前を見せ付けとかないとな。 お前の好きなもん沢山作ってやるから、覚悟しろよ?」


「有難う、愛してるぞっ」


「恥ずかしい事言うな」


腕捲りしながら、顔を紅くして言う


だって、言う筈だったんだよ?


これから、ずっと何十年の間に何度も何度も


「晴から聞いてないぞ、最近」


「はいはい、愛してる愛してる」


恥ずかしがって、料理に専念する。 そんな彼の背中を何時までも見ていたい。


不覚にも、涙が出る


誰か、地球最後の日なんて嘘だと言って。


季節外れのエイプリル・フールだと言って、私を驚かせて。


それから何十分も経って、涙も乾いた頃、貴方が私を誘いに来た。


「美味しそうね・・・・・・・・」


「美味しそう、じゃなくて美味しいぜ、ほら食え」


「ちょっと待ってて」


奥の戸棚を開ける、貴方の生まれ年と、私の生まれ年のワイン。


「何時買ったんだそんなもん」


「うん、この前ね。 さぁ飲みましょ」


貴方のグラスに、ワインを注ぐ。


艶やかな光を放って、ワインは笑っているみたい


窓の外で、何かが光る。


「早く食べろ、冷めちまうぞ」


「ねぇ、晴、愛してるよ」


一呼吸置いて、貴方は私を見つめる。


「俺も、愛してる」


「じゃあ、いただきます」


ナフキンを膝に敷いて、フォークとナイフを手に取る


「召し上がれ」










さぁ、貴方と最後の晩餐を。






















*--------------------* * END * *--------------------*


うはぁあああ、短い話って書けないし。


段々適当になってる感がありませんか?


嫌だなぁ、そんなこと無いですよー。


長い話を、頑張って考えて書くのが好きなんですよね。


書いてる内に、こんなこと入れたいなとか。


こうするためには、こうだろうとか。


ふぅうん、大変ですね、小説って。


ライトノベルだから、もっと軽くしなきゃなのかしら?


頑張ります、精進します、阿妓です。


06/10/09 Ichico Akesora